気まま猫草

音楽が好きな社会人の徒然

日常から日常を引いても日常が残る

ご無沙汰しております。
半年以上ぶりの日記です。近況報告でもしようかと思います。近況が特に無いんですけどね、、、

 

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これは最近私が好きな自分ツッコミくまです。

 

 

半年以上何をしていたかというと、たいしたことは何もしていません。元々サボり気味だったライブ日記は現社会情勢下、行きたかったライブの中止、延期もあり、停滞状態…といったところです。

 

2020年今のところ最後のライブは
2/20 田澤孝介 Ballad Boxです。


この頃も既に危うさはあったものの、ライブが中止になっていったのは2/26が境。感染症対策の為、首相のイベント中止要請があってから。
当日発表でPerfumeEXILEも中止。それを皮切りに自分の行きたかったライブであるLiSA、Official髭男dism、中島卓偉、Vocal Summit、IRON MAIDEN、DREAM THEATER摩天楼オペラ水樹奈々THE ORAL CIGARETTES、そしてGLAYが中止・延期になった。

 

最初はなかなか堪えた中止発表も、当然のように受け入れられるようになってきました。


悲しいけど仕方ない。
仕方ないけど悲しい。

 

さて、2018年、2019年と勝手にライブイヤーとして沢山のライブを見に行った自分がライブを取り上げられたらどうなるか。

冒頭に申し上げた通り、たいしたことをしない半年でした。

 

たいしたことはしていないけど、ぽっかり穴が空いていたわけでもない。ギターや音楽理論の勉強、新しいバンド探し、ドラマ・アニメ・映画の消化、地理・歴史の勉強、おさんぽなどなど、これまでの趣味を時間的に拡張して埋め合わせをした。意図的にではなく自然と拡張されたのかな。

 

ライブが取り上げられても生きていける。代わりの何かが登場して、結局生きていける。
あんなにこだわっていたライブなのに、ライブが存在したその席はなかったかのようになっている。

 

悲しいけど仕方ない。
仕方ないけど悲しい。

 

ライブ以外の趣味にも高揚感、心地良さ、味わい、没頭性はある。達成感のようなものもある。


ただ、ライブにはライブにしか貰えない活力もある。それが無いと生きていけないわけではないし、それだけで生きていけるわけでもないけど、自分にとっては「良く」生きていくことには間違いなく必要なもの。


「良く」の中には高揚感も探究心も快哉も…書ききれない様々なことが含まれ、何かはよくわからない。そして、人それぞれそこに含まれることは違うはず。

 

同じものを見て、違う感情を抱いている。でも感動している。そして、一体感を醸成している。個にして全、全にして個。

 

毎回抱いていたそんな感情がもはや懐かしくて、自分の書いたライブ日記を最近見返すようになりました。見返してるとカテゴリー分けの悪さに気がついて改善に務めているところです。


見やすくなったかはよくわかりません。
ただ、アーティスト・グループ毎、ライブハウス毎にどこに行ったかはわかりやすくなったようには思います。興味があれば下にスクロールしてみてくださいね。

 

日記を読んでいると、自分でも途切れていたライブもあったりして、記録していて良かったなと思う次第です。その度に記憶は朧げだから記録して、書にして人類は伝承してきたんだなとよく考えるわけです。スケールの差が星の嘆き聞けばほんの小さな事だろうSAYハレルヤぐらいすごいけど。

 

次にライブへ行けるのはいつになるんでしょうかね。

 

次が来るまでは別で書いていたライブの日記を転載したり、本当は去年書きたかった観光の日記を書こうかなとも思っています。
※予定は都合により一部、または全部変更になる可能性があります

 

再びライブへ行って、日記を書いて、手放しに楽しかったー
ごちそうさまでしたー
と早く言いたいものです。


どっちが日常なのか。
ライブこそ非日常の世界で、ライブの無い生活が日常のはずだったのに。
今いる世界は日常なのか。
日常って言葉そのものが時間を司っていて、とても哲学的な言葉ですね。